そもそも奥二重とは、二重の幅が狭いため隠れてしまってるケースの場合と、まぶたが重くて二重の幅が見えなくなってしまってるのと
二つ有る。
私の左目の奥二重はまぶたが重かったケースの場合だったのであるが、発達と共にまぶたの肉が取れてスッキリしてきたと云う理由からだとおもう。
であるが、まだまだ奥二重っぽい感覚が残ってる。
たぶん元々二重の幅が狭いのだろう。
右目は残念ながらまだ腫れぼったさが残ってる。
そこでよくよく観察してみると、私の顔面の右半分はあまり使用されていない事が把握できた。
であるため、たぶん目の上の筋肉も使用されていないためスッキリしなかったのかも知れない。
中学生時代と云うのは思春期である。
何かと人目を気にする。
良くみられたい。
可愛くおもわれたい気持ちも爆発である。
その為いかに可愛くなろうかと日常努力をしたいのであるが、目立つような事や人に把握出きてしまう事も敬遠したいものである。
何とかして自力でさりげなく二重まぶたにしたい、と云った気持ちで一杯だった。
試行錯誤の日常をくりかえしながらも、顔の体操だけはつづけていた。
ウィンクをして目の上の筋肉をスッキリさせようと云った努力は惜しみない状態だった。
勉強や部活動が忙しい中、頭の中には常に自力で二重のまぶたを手に入れる気持ちが有ったね。
授業の切れ目には、さりげなくまぶたを擦ったりもした。
皮膚が薄くなりしわを寄せる作戦である。
しかしこれも上手くはいかなかったのであるが、中学時代は頑張っていた。